母に、職員さんと間違えられたりもした去年の秋、
私は、
認知症の当事者さんが書かれた本を
何冊も読みました。
以前は、
認知症が進んでいっても
自分では
わからないこともわからないから
平気なのだ、
と思っていましたが、
母を見ていると、
そうではなさそうだったのです。
自分が、いろんなことを
理解できなくなっていっていることを
ちゃんと感じていて
とても不安に思っている様子でした。
それは、今もあります。
もし自分だったら、
と考えてみました。
私はもともと天邪鬼ですから
どんなことも、
他人(ひと)の言うとおりになんか
したくありません。
なんでも、自分で判断して
自分で選んでいきたいのです。
それなのに、
その、自分の判断力が
信じられなくなってしまったら…
ちょっと想像しただけでも
ぞっとします。
足元から、すべてが崩れていくような…
いったいどんな風に壊れていくのか、
どんなふうに、
何が残っていくのか
少しでも、
理解したい…
と思ったのです。
まず読んだのは、
クリスティーン・ボーデンさんの
『私は誰になっていくの?』でした。
おそらく世界で最初の、
認知症の当事者によって書かれた本です。
この方は若年性ですし、
一口に認知症といっても
いろいろありますから、
母の場合とは少し違うのですが、
とても勉強になりました。
まず、
認知症というのは、
もともとの頭の良し悪しに関係なく、
どんなに人並外れて優秀な方でも
発症することがあるのだ
ということ、
心がけが悪かったり、
頭を使っていないから
ぼんやりしていく
なんていうものでは全くない、
ということ。
これは病気なのだ、ということ。
身体の他の部位が病気になるのと、
同じことなのに、
場所が頭だっただけで、
人間扱いされなくなるのはおかしい
ということ。
できなくなることは、いろいろあるけれど、
進行の度合いによっては、
できることもけっこうある。
そしてその、できることは、
もともとの職能や経験、
持っている能力によって、
普通の人より
優れている場合だってある、
ということも。
一冊目の冒頭では、彼女の
離婚についても書かれているのですが、
とても驚き、
素晴らしいと思ったのは、
クリスティーンさんが、
一冊目が書かれてから
二冊目が書かれるまでの間に、
再婚していらしたことです。
だから、二冊目ではお名前が
クリスティーン・ブライデンさんに
なっています。
認知症でありながら、
パートナーがほしいと
紹介所に登録する
クリスティーンさんの
諦めない姿勢も
自分ならとてもできないと思ったし、
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